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ワッシュ
少年漫画誌がフェミニズムの教科書になる必要はもちろんないけど、伝統的に「ジャンプ」らしさには、ミソジニーとまでは言わないまでも、ホモソーシャルなノリがあったと思う。
ワッシュ 11月5日
返信先: @washburn1975
西村繁男の『さらば、わが青春の「少年ジャンプ」』なんかにも書かれてるけど、特に80年代以降に強調されてきた、ジャンプ特有の殺伐とした荒っぽさは、少年サンデーのラブコメ路線に対抗してのものだったから、「女なんか知らねえ」的なノリが強かった。
ワッシュ 11月5日
返信先: @washburn1975
あとこれはもっと遡るが、ジャンプに限らず、少年漫画全体にストイシズムの衣をまとったミソジニーが影を落としていることも否定はできない。これは原因がはっきりしている。梶原一騎の負の遺産である。
ワッシュ 11月5日
返信先: @washburn1975
この呪いを解いたのが80年代のサンデーで、もっと言えばあだち充と高橋留美子なわけだけど、これに対抗してジャンプが打ち出した路線が、梶原一騎のドロドロした怨念を漂白した、実体のないカジュアルなミソジニー感覚だった、と言えるのではないか。