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大西科学 3月31日
現在に生きる私たちは、たとえばサイコロの試行は一回ずつ独立していて互いに関係なんかなく、そこに「流れ」とか「ツキ」は存在せず、「運がいい人」などいない、と知っているけど、昔の人はそんな知識なんかなくて、「この姫は運が強い」というとその通りの意味だったのだろうか。
大西科学 3月31日
返信先 @onisci
これ、今やっている大河ドラマにそういう話があるのですが、そこで「もちろん運なんて本当はないのだが、みんなそのへんはわかっていて目的のために演技をしている」と受け取ってしまうのは、時代劇のおかしな見方かもしれないと思った。ドラマの主人公が「戦はいやです」とみんな言うみたいなもので。
大西科学
しかし、もちろん「運なんて本当はない」ので、ドラマの中で登場人物が本当に幸運に見舞われたら「あ、これは運というものが存在する設定のドラマなのか」と少し残念に思うのですが、これは「戦はいやです」に違和感を抱くのとは矛盾しませんよね……(不安)。